たかしまを彩る人 color.04 発酵料理家たやまさこさん

 滋賀県高島市。比良山系から注がれる湧水の先には琵琶湖、高島は寒暖の差もしっかりとありながら一年を通して湿度が高い地域で、発酵食品に欠かせない微生物の営みにも適している。


 ここ高島の良質で豊かな水や土地によって育まれた米、それによってお酒、酢、味噌作りも盛んで、湖魚を使った鮒鮨、なれずしなど保存食として様々な発酵食品が身近に存在している。


また、県内における健康寿命の高島市の順位は十九市町中、男性は四位、女性は三位と上位となっている。※滋賀県健康づくり支援資料集平成二十九年度より抜粋


これは、腸内環境を整える食事を心がける「腸活・菌活」がトレンドとなり、世代を問わず見直されつつある発酵食文化が生活の一部として当たり前だった世代の健康寿命を伸ばす要因のひとつなのかもしれない。


そんな発酵食豊かな高島市で生まれ育った他谷昌子さんは、発酵・麹の分解力を活かした発酵料理教室を主宰するほか、レシピ開発や商品開発、高島市の地域振興事業のサポートなども行っている。



  発酵を活かした料理教室や季節の仕込み等の活動拠点「発酵舎mamma(マンマ)」(高島市安曇川町)。伺うと、他谷さんはちょうど庭先の剪定を終わらせて枝を集めているところで「いらっしゃい。」と穏やかな口調で迎えてくれた。


 建物の裏手へ回ると木の香りが漂う心地のよい南向きの宮造りの縁側。そして眼前に広がる畑。つい先日まで旺盛に育ち、実りを終えた作物の撤去や手入れをしたばかりという。


色々な方にお手伝いしてもらって、すっかり清々しくなったわ、と畑を見渡した。


振り返ると縁側の大窓からは、テーブル席からこちらを静かに眺める他谷さんのお母様が映り込む。目が合い挨拶すると、多分母は覚えていないんじゃないかな。覚えていたり、いなかったりでと話した。


 1995年、他谷さんは地元食材を使った心と体に優しい予約販売制の惣菜店「美食倶楽部」を開業。


 2013年、高島の発酵食の良さに触れる機会があり、それからの約十年は発酵について改めて学びを深めていった。


 野菜は畑で収穫し、味噌や漬物を作り、ハレの日には生簀の鯉や放し飼いの鶏がもてなし料理となり、手土産に頂いた鮒鮨が振る舞われるという幼少期を過ごす。


高島の気候風土に息づく微生物に寄り添うように時期を迎えて仕込み、世話をして待つ。そして出来上がりの喜びを分かち合う現在。


米麹の塩切り


このように折に触れ楽しむ発酵食文化は、古来より育まれた地消地産の一つで、その手しごとに華やかさはないけれど、向き合うほどに実に健やかで豊かな営みであることに気がついたという。彼女の創り出す発酵料理の品々には、そういった日々を積み重ねて味に深みをもたらしている。



陶器製の漬物容器で糠漬け。容器を変えた時の漬かり方を比較したことも。気になることは、とことん調べる性分。「使う容器の素材も大切で、味が全く違うねんで。」と優しく手際良く寝かせていく。
あっという間にバットに用意していた野菜は全て糠の下。家庭で母から習うとこんな感じかしら、という擬似体験と、ふわりと昇る糠床の香りを楽しみながら近くで観入っていた。



 甘酒、塩麹や醤油麹などの自家製発酵調味料を使って仕込む彼女の料理。消化に優しいメニューで翌朝にお腹が軽いと喜ばれ、他谷さんから学びたいと言う方は、主婦からプロまで肩書きも様々で滋賀県北部、高島という立地にも関わらず、全国から距離を厭わず訪れる人も多い。


 彼女が主宰する料理会や教室ではリピーターの有無に関わらず、参加者は配膳や後片付け、参加料の取りまとめなど、それぞれにできることを進んで協力し合う。そうして自然と初対面でも顔をほころばせ合い、垣根を越えて、和やかで心地の良い食空間を共にしている。

 2019年開催の講座の様子


 「発酵料理を通して食材だけでなく物事に対する向き合い方を垣間見ていただいているのか、訪れた方が自然と自身に立ち返る。そんな場のようで。」と振り返る。



一品一品、丁寧に。素材を生かした料理とは素材への捉え方、本質を理解していて生かすための日々の工夫と匙加減によって完成されていく。
鮒鮨の飯(いい)とトマトとヤギチーズのディップ


地元の志ある無農薬農家より購入した米糠や選び抜いた塩を使ったへしこ教室




この生業を始めて、25年を迎える今年、母親の介護も始まった。

「よく大変でしょ、と励ましのお声がけを頂くけれど、実は楽しくて。」


各週のリハビリや食事、入浴介助等の訪問サポートの時間は任せきりにせず、プロはどのような介助をしているか、学ぶ機会にしているという。


「日々の食事がどのように人の体を作り、体内で消化吸収されやすく調理された発酵料理が、母親にどのような変化をもたらすのか。毎日のお世話からお通じの状態などによって、検証と実証をする日々で。」

これまで身につけてきたことを活かし、研究と学びを重ねる様子を彼女は楽しそうに語った。



 マニュアルやテキストがないことで知られる彼女の教室。微生物の起こす作用は、「どなたでも等しい結果に導く」ことは難しいため、そこに重きを置く必要はないと言う結論に至った。


頭で理解するより香りや味、発酵の進み具合など、変化を見極められるようになったり発酵料理を食べて体がスッキリしたり、体感することが大切。


大事なことは発酵の働きや特性を知って試行錯誤を重ね、その時々に合わせたさじ加減を見極める力と話す。


情報に溢れている今、マニュアルを得ることが容易となった現代人が引き換えにしたプロセスなのかもしれない。


体に良いからと「作ること」を目的とするのではなく、自分は「何のために」作るのか。

他谷さんは受講生に問いながら、より身に付くレッスンを心掛けているという。



 2021年1月には、麹の分解力を知って日々の暮らしに役立てる内容の、動画によるオンライン講座がスタート。


この講座では、世代を問わず暮らしに溶け込む発酵手しごとを彼女が重ねあげた知識と経験をもとに解説。発酵についてより深く学びたい方にもフォローができるような充実のコンテンツとなっているそう。


 日々の繰り返しの中で培われる「感じる力・考える力・生きる力」の大切さをテーマに、発酵という視点から伝えていきたいと他谷さんは語った。

自由気ままな飼い猫のクロ。まるで人の子のように縦抱っこが好きなのだそう。

(取材:川島沙織)




発酵・料理家 他谷昌子

【プロフィール】

・生後3カ月から6歳までを食通の家で育つ

・実家の家業を継ぐため21歳で「松下電器商学院女子部」にて経営、礼儀作法、商人としての精神を習得し、卒業後は土井勝料理教室やベターホーム本科・師範を習得

・1995年予約制惣菜店「美食倶楽部」開業

・2002年調理師免許取得

地元食材を使って「ココロとカラダに優しいお料理」を心がけ、現在は微生物の分解力を活かした調理法により、消化にやさしい美腸料理も提供

現在は発酵料理会・お料理教室や季節の仕込み事など通して、発酵のすばらしさ奥深さを発信中(※他谷昌子さんwebサイトプロフィールより引用)

【お問い合わせ先】

発酵舎mamma:滋賀県高島市安曇川町田中676-3

[ TEL ] 090-9054-0446

[ mail ] info@tayamasako.com

[ Web ] https://tayamasako.com


発酵舎mammaの看板



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