たかしまを彩る人 color.05 新旭電子工業株式会社 代表取締役社長 大島節子氏


高島市新旭町藁園に本社を構え、東京と大阪に営業所、グループ会社が山梨にある新旭電子工業株式会社は、電子機器の心臓部とも言えるプリント配線板の製造会社として1980年に高島市新旭町で創業。

以来、進化と変遷を求められる電子機器とともに歩み進んできた。 


 今回は二代目の代表取締役社長の大島節子氏にお話を伺った。 



 白物家電、デジタル家電、PC周辺機器、産業用機器、車載電子機器、自販機。 

 ありとあらゆるところで私たちが当たり前に享受している便利な暮らし。

それを見えないところで支えているのが彼らの仕事である。 


 これらの電子機器の機器や性能を決定づけるのがハードウェアやソフトウェアだとすると、性能を活かして製品として正しく再現するため重要な役割を持つのがプリント配線板。

これが心臓部と例えられる所以だ。



「幼稚園の先生に憧れて保育士の資格を取ろうと思って短大へ進学したのですが、父から会社を手伝って欲しいと強く言われ、経理についても学びました。」


 1982年、短大を卒業した彼女は地元岡山県倉敷市から転居し入社。 社員の使う車より良いものは乗るべからず、と率先して質素倹約でいることなど、身内には厳しく律することがモットーの先代社長。娘だからと甘やかされることなく地道にキャリアを積むこととなる。 

 

 総務部所属で人事、経理を担当し結婚。3人の子育てをしながら一社員として忙しい日々を送った。 


 「当初、父は一代で終わるつもりだったようで。我が子に継がせることも考えてはいなかったようです。」 


 業績を上げ地域に根ざした会社へ成長すると、歳を重ねた先代が「死ぬ時は工場で」と会社への深い愛を吐露する頃、彼女に転機は訪れた...



この記事は書籍『paletters.-いろとりどり高島-』に収録されています。

取材当時の記事に、その後の出来事や新たな取材内容を加え、書籍としてあらためて構成しました。続きは書籍『paletters.-いろとりどり高島-』でお読みいただけます。

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